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住民が決めるエネルギー・資源循環5万人未満

住民投票を2回かけて、全国からの寄付で自分たちの配電網を買い取った

Elektrizitätswerke Schönau

ドイツ / バーデン=ヴュルテンベルク州(レラッハ郡) / シェーナウ・イム・シュヴァルツヴァルト市

住民投票を2回かけて、全国からの寄付で自分たちの配電網を買い取った
© taz — この写真が載っている記事

この記録の出典は単一の媒体によるものです。

1997年に配電網を買い取り、2007年時点の契約者は約5万件だった。2009年11月に出資持分を協同組合に移し、2014年6月には創業者夫妻が年末に理事を退くことが発表され、息子2人が後を継いだ。

何をしたか

ドイツ南西部の黒い森にある人口2,500人ほどの町シェーナウで、住民が2回の住民投票をかけて、町の配電網を電力会社から買い取った。

ターツの2007年の記事によれば、きっかけは1986年のチェルノブイリの事故のあとにできた親たちの市民運動である。節電した人が得をする料金を求めたが、当時の供給事業者は応じなかった。1991年と1996年の住民投票で引き渡しが決まった。買収に必要な570万マルクは全国からの寄付で集まった(taz 2014年6月30日)。1997年の半ば、当時2,600人が住む町の配電網を住民の側が引き取った。

1998年に電力市場が自由化されると、全国に電力を売るようになった。2009年11月には出資持分を協同組合に移している。

誰が始めたか

始まりは、事故のあとに解散しなかった親たちの会である。 taz(2024年9月26日)は、1986年4月末のチェルノブイリの事故を受けてシェーナウにも親たちの会ができたが、当時の他の集まりと違って最初の衝撃が去っても解散せず、ミヒャエル・スラデクの推進によって政治的なものになったと書いている。

同氏は町の医師である。 同記事によれば、1946年にシュヴァーベンのムルハルトに生まれ、フライブルクでの医学の勉強を経て1977年にシェーナウへ来て、田舎の医師として開業した。同記事は、同氏が当初は電力の産業を上から変えるべきだと考えていたが、やがて住民の側からの電力に切り替えたと書いている。 妻のウルズラ・スラデクは小学校の教員の資格を持ち、のちに EWS の業務執行者になった(taz 2007年6月29日)。

最初の要求は「買い取り」ではなく「料金」だった。 taz(2007年6月29日)は、1986年に会が当時の供給事業者クラフトユーバートラグングスヴェルケ・ラインフェルデン(KWR)に節電した人が得をする料金を求め、KWR がそれを営業妨害と受け取ったと書いている。

買い取りの案が出るのは、契約の更新が来てからである。 taz(2014年6月30日)によれば、1990年代の初めにシェーナウで新しい特許契約の時期が来た際、それまでの供給者だった KWR が原子力による電力の供給をやめることを拒んだため、住民は「網の買い取り」の事業を始めた。taz(2024年9月26日)は、この夫妻が長い反原子力の運動の末に1994年に EWS を設立したと書いている。

引き継いだのは家族と、別の職業の人たちである。 taz(2014年6月30日)によれば、2014年6月の総会で理事に入ったのは息子のアレクサンダーとゼバスティアン、留任したのは警察官のロルフ・ヴェッツェル、新設の財務担当にはバーデンの協同組合連合にいたアルミン・コメンダが就いた。

いくらかかったか

配電網の買収に必要だったのは570万マルクで、全国からの支援で集まった。 taz(2014年6月30日)は、住民が買い取りのために用意しなければならなかった額をこう書いている。taz(2007年6月29日)も、全国規模の寄付の運動が資金の手当てを助けたとしている。

それ以外の額は、参照した4本では分からない。 網の維持と更新にいくらかかっているか、協同組合の出資1口がいくらか、市や州や国がいくら出したかは、4本のどこにも書かれていない。funding_scaleunknown_fields に申告したままにしてある。

返ってきた側の数字は出ている。 taz(2014年6月30日)によれば、2013年の利益は196万ユーロで、前年の158万ユーロから増えている。 同記事は、大手の電力会社が苦しむ一方でシェーナウは黒字を書いているとしている。

値段の面も1本が触れている。 taz(2007年6月29日)は、当初は買い取りに反対していた工場も、電力が安定して流れ、地域の競合より依然として安いことから支持に回ったと書いている。

金を出す側から見た仕掛けも書かれている。 同記事によれば、EWS は自前の網に電気を送る住民に、法定の買取価格に上乗せを払うことがある。理由は、税務署がその発電設備を「趣味」と分類しないようにするためである。 同社は自網内の熱電併給の電気を採算の合う価格で引き取り、その運転者のためにガスの共同購入もまとめ、送電用の計器を無償で渡している。

真似するなら最低何が必要か

1. 最初の要求を、断られる形で具体的に出すこと。 taz(2007年6月29日)によれば、1986年に会が求めたのは網の買収ではなく節電した人が得をする料金で、供給事業者はそれを営業妨害と受け取った。その拒否が、次の段階の理由になっている。
2. 契約が切れる時期を待つこと。 taz(2014年6月30日)によれば、住民が動いたのは1990年代の初めに新しい特許契約の時期が来たときである。taz(2007年6月29日)は、当時 KWR が1994年に早期の契約延長を働きかけていたこと、そして各地でこの契約の更新時期がまた来ることを書いている。
3. 住民投票を2回通すこと。 1991年と1996年の2回の住民投票で、配電網を住民の側の会社へ引き渡させることが決まった(taz 2007年6月29日)。
4. 買収費を町の外から集めること。 570万マルクは全国からの支援で集まった(taz 2014年6月30日)。人口2,600人の町の中だけで用意した額ではない。
5. 自由化のあとに売る先を持つこと。 taz(2014年6月30日)は、1998年4月に電力市場が自由化されたあと EWS が全国へ売れるようになり、この会社の変わった来歴がそこで競争上の強みになったと書いている。 taz(2007年6月29日)によれば、1999年8月から全国向けの販売を始め、契約者は1,700件から2007年6月に5万件弱まで増えた。2014年には15万件を超えている。
6. 域内の発電を増やす仕掛けを、料金の側で作ること。 taz(2007年6月29日)によれば、上乗せの支払い・熱電併給の電気の買い取り・ガスの共同購入・計器の無償提供の組み合わせによって、10年間に全国でおよそ1,000の設備が系統につながった。同記事は、シェーナウでは電力需要のほぼ4分の1が町の中で作られ、水力2か所と熱電併給14か所があり、住民1人あたりおよそ1平方メートルの太陽電池があると書いている。

今どうなっているか

2026年8月時点で確認できた最も新しい記録は、2024年9月26日の taz による訃報である。

同記事によれば、創業者の一人ミヒャエル・スラデクは重い病気のあと火曜日に77歳で亡くなった。 妻と5人の子を残した。同記事は、2015年の初めに同氏と妻が年齢を理由に理事を退き、息子2人が会社を継いでいると書いている。taz は2014年6月30日には「年末に退く」と伝えており、退任の時期の書き方が2本で揃っていない。

組合員の数はこの間に増えている。 同記事は、2022年にこの会社の組合員が1万1,000人を超えていたとしている。2014年6月30日の記事では約3,500人だった。

事業の規模について最も詳しい記録は2014年6月30日である。 同記事によれば、この時点で電力の契約者は15万件超、ガスは約1万件、従業員は93人、2013年の利益は196万ユーロだった。それ以降の契約者数・従業員数・利益を書いた出典は、今回の範囲では見つからなかった。

組織の形は2009年に変わっている。 taz(2010年11月20日)は、1990年代に Netzkauf GbR として EWS の設立を進めたシェーナウの人たちが、2009年11月に出資持分を Netzkauf EWS eG という協同組合に移したと書いている。同記事は、この時期にドイツで住民出資のエネルギーの協同組合が相次いで作られており、2006年8月からの新しい協同組合法で設立に必要な人数が7人から3人に減ったことが背景にあるとしている。

縮小・撤退・網の返上を伝える記述は、参照した4本の中には無い。

出典の性格を明記しておく。 4本はすべて taz であり(single_outlet: true)、掲載年は2007 / 2010 / 2014 / 2024 の4か年である。うち2本(2010年・2014年)と2024年の共同執筆は同じ記者による。 独立した第三者による検証や否定的な報道は、今回の範囲では見つからなかった。

出典

  1. Ökostrom: Ein Ort mit guter Energie — taz(2007-06-29)
  2. Genossin Energiewende — taz(2010-11-20)
  3. Generationswechsel bei den Stromrebellen — taz(2014-06-30)
  4. Nachruf auf Aktivisten Michael Sladek: Vordenker der Energiewende — taz(2024-09-26)

最終確認日 2026-08-18

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