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歩けるようにする交通・道路・駅不明

月に一度、街路から車を締め出して人に返す日をつくり、23か所まで広げた

Menged Le Sew

エチオピア / アディスアベバ / アディスアベバ

月に一度、街路から車を締め出して人に返す日をつくり、23か所まで広げた
© CityChangers.org — この写真が載っている記事

2018年12月9日に始まり、2019年2月の3回目から本格化したと共同で立ち上げた人物が述べている。2022年の論文は効果を測った長期の研究がまだ無いと書き、2024年の記事は当初6か所から23か所に広がったとしている。

何をしたか

エチオピアの首都アディスアベバで、月に一度、市内の街路から車を締め出して、その道を人に返す日をつくった取り組み。

The Journal of Public Space(2022年)に載った論文によれば、「መንገድ ለሰው - Menged Le Sew」はアムハラ語で、人のための道を意味する。 同論文によれば、この運動は2018年12月9日に、アディスアベバ交通管理庁(TMA)・区の長・保健局・青年スポーツ局などの協働で始まった。

その日、道路で何が行われるかは1つではない。 同論文の抄録によれば、住民は開いた街路をさまざまな運動、体を動かすこと、保健の催し、自転車や徒歩での移動に使い、子どもの遊び場にもなっている。

分散して置いている。 BYCS(2020年11月25日)に載った対談で、共同で立ち上げた1人であるセブレ・サミュエル氏は、どこに住んでいても近くに1か所あるようにという考えで分散型の型を採り、合わせて市内でおよそ15キロになったと述べている。同氏によれば、そのうち1か所は、住民が自分たちで街路を塞ぎ始めたために加わった。

誰が始めたか

行政と、市民の側の団体の両方が関わっている。 The Journal of Public Space(2022年)の論文は、始めた主体として交通管理庁と区の長・保健局・青年スポーツ局などを挙げている。

市民の側の経過は、共同で立ち上げた人物の対談に残っている。 BYCS(2020年11月25日)の対談で、サミュエル氏は、2018年12月に前の保健大臣が国の車を止める日を告知したことで、自分たちの試みが用意していた以上の規模になったと述べている。 同氏は、2019年2月の3回目から本格的に入ったと述べている。

始めた場所の数は出典で違う。 BYCS(2020年11月25日)の対談は7か所、CityChangers.org(2021年4月20日)の対談は6か所、Local South(2024年12月6日)は当初6か所としている。前の2本はどちらも同じ人物への取材にもとづく。discrepancies に並置した。

手引きが作られている。 The Journal of Public Space(2022年)の論文によれば、同じ催しを開く関係者の手引きとして、交通管理庁と世界資源研究所アフリカが手引きを作って公表した。

いくらかかったか

金額は、参照した6本のどこにも書かれていない。 unknown_fieldsfunding_scale を申告した。

元手は道路そのものである。 新しい構造物をつくったという記述は、参照した6本のどこにも無い。行われているのは、既にある街路を時間を区切って閉じることである。

出典には、計画の優先順位を数字で述べた箇所がある。 BYCS(2020年11月25日)の対談で、サミュエル氏は自分たちの都市の文脈ではと断ったうえで、およそ54%が歩き、さらに30%が公共交通を使うとし、自家用車を持つ都市の15%のために計画を優先するのは筋が通らないと述べている。 同氏によれば、より小さな都市では、徒歩や自転車での移動が分担率の90%まで上がることがある。

真似するなら最低何が必要か

第一に、場所を1か所に集めず、市内に散らすこと。同氏によれば、これは「どこに住んでいても近くに1か所ある」ようにという考えによる。

第二に、運動と保健の催しを重ねること。The Journal of Public Space(2022年)の論文の抄録によれば、開いた街路では運動・体を動かすこと・保健の催しが行われている。

第三に、手引きを作ること。同論文によれば、交通管理庁と世界資源研究所アフリカが、同じ催しを開く関係者向けの手引きを作った。BYCS(2020年11月25日)の対談で、サミュエル氏は他の都市に広がり始めたと述べており、論文が挙げる手引きは2021年のものである。 Local South(2024年12月6日)はアディスアベバの市に触発されてハラール市などが毎月これを行っていると書いている。

第四に、住民が自分で street を塞ぎ始めることを、排除せずに受け止めること。同氏によれば、場所の1つは住民が自分たちで塞ぎ始めたために加わった。

第五に、効果を測る仕組みを最初から入れておくこと。この事業では、そこが4年目の論文の指摘になっている(次節)。

第六に、一時的な催しのままにしない道筋を考えておくこと。The Journal of Public Space(2022年)の論文は、この運動を「一時的な状態(impermanent state)」から転換させるための具体的な行動を論じるものだと自らを位置づけている。

今どうなっているか

2026年8月時点で確認できたのは、2024年12月6日の記事までである。

場所は増えている。 Local South(2024年12月6日)によれば、当初は6か所で始まり、のちに23か所に広がった。 同記事によれば、長さの違う23本の街路が、週ごとまたは月ごとに閉じられている。 同記事は、この取り組みが複数の政府機関に支えられていると書いている。

他の都市にも広がっている。 同記事によれば、アディスアベバの市に触発されて、ハラール市などが毎月これを行っている。

効果を測った長期の研究はまだ無い、と論文が指摘している。 The Journal of Public Space(2022年)の論文は、エチオピアではこの催しの影響について長期にわたる研究がこれまで一つも行われていないと書いている。 同論文によれば、交通管理庁の手引きが挙げる目的は、徒歩・自転車・公共交通の利用を促すこと、交通安全への関心を高めること、汚れを減らすこと、空間を皆が公平に使うことの4つである。

当事者の側からも、続けることの難しさが語られている。 BYCS(2020年11月25日)の対談で、サミュエル氏は、公的な関係者の一部がこれを娯楽と見て優先度を下げたこと、初期に日程の齟齬などで何度か中止したこと、車の侵入を止められなかったことを挙げている。同じ対談で同氏は、いまでは国じゅうで親しまれているとも述べている。

感染症で全国の回が止まった年がある。 Fare City(2020年7月30日)は、2020年に Menged Le Sew が初めての全国規模の車を止める日を開いていたはずだったが、感染症がそれを妨げたと書いている。

この取り組みは国際の場でも語られている。 Women in Urbanism Canada(2022年6月21日)は、Urban Futures 22 の基調講演でサミュエル氏がこの立ち上げの経緯を語ったことを伝えている。

論文の指摘に対する当事者の直接の応答は、参照した6本の中には無い。

この記録の出典の性質について。 2020年から2022年の4本(Fare City・BYCS・CityChangers.org・Women in Urbanism Canada)は、媒体はそれぞれ独立しているが、事実の出所はいずれも共同で立ち上げた同じ人物の話である。 独立した別系統は The Journal of Public Space(2022年)と Local South(2024年12月6日)の2本になる。なお Local South の記事に載る写真の出所は、7点が個人の撮影者、11点がアディスアベバ交通管理庁と記されている。

出典

  1. Connecting Continents — Fare City(2020-07-30)
  2. Streets for People: with Seble Samuel — BYCS(2020-11-25)
  3. CityChanger Seble Samuel: Women on Bikes — CityChangers.org(2021-04-20)
  4. Five Women in Urbanism Transforming Cities at Urban Futures 22 — Women in Urbanism Canada(2022-06-21)
  5. Transforming Streets into Public Spaces Using Menged Le Sew as a Driver. From Traditional to Sustainable Planning — The Journal of Public Space 7(1)(2022-12-31)
  6. Open Streets in Ethiopia — Local South(2024-12-06)

最終確認日 2026-08-19

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