Terroirすべての記録このサイトについて探している事例

住む人を増やす・戻す文化・アート・祭り5万人未満

不況で工場が縮小した町が1993年に始めた美術週間を核に美術館を増築し、文化職の移住者を集める「芸術都市」になった

Mänttä

フィンランド / ピルカンマー(Pirkanmaa) / ミュッタ゠ヴィルップラ(Mänttä-Vilppula)

不況で工場が縮小した町が1993年に始めた美術週間を核に美術館を増築し、文化職の移住者を集める「芸術都市」になった
© Apollo Magazine — この写真が載っている記事

1993年の美術週間開始から2025年まで出典がある。2014年の美術館増築、2017年の文化職への移住者、2025年の事務局長インタビューが続く。

何をしたか

フィンランド中部の元製紙工場の町ミュッタ(現ミュッタ゠ヴィルップラ市)で、1990年代の不況とセルロース工場の閉鎖をきっかけに、現代美術の祭典「ミュッタ美術週間」が1993年に始まった。旧工場を会場に使い、地元財団が運営するセルラキウス美術館も2014年に約1,950万ユーロをかけて増築した。Maaseudun Tulevaisuus(2017年)とKuvasto(2025年)によれば、美術週間と美術館を軸にした「タイデカウプンキ(芸術都市)」の展開にともない、他地域から文化・美術の仕事のために移り住む人が現れている。

誰が始めたか

美術週間の前史は、製紙業を興したセルラキウス一族にさかのぼる。 ミュッタ゠ヴィルップラ市公式サイトによれば、薬剤師グスタフ・アドルフ・セルラキウスが1868年にミュッタに木材パルプ工場を興した(Apollo Magazine, 2016年5月25日は1869年としており、出典間で1年の食い違いがある)。同誌によれば、彼はアクセリ・ガレン゠カッレラら当時のフィンランドの芸術家を支援しており、その甥が1933年にゲスタ・セルラキウス美術財団を設立し、これが今日のセルラキウス美術館を運営している。

美術週間そのものを具体的に誰が発案し、最初の回をいつ開いたかまで特定できる出典は、今回の範囲にない。 Kuvasto(2025年3月18日)に載ったミュッタ美術週間事務局長サンプサ・ヴィルカヤルヴィ氏へのインタビューによれば、美術週間の背景は1990年代の不況にある。セルロース工場が操業を止め、地域が大きな構造変化を経験したのと同じ時期に、地元には新しい発想に開かれた創造的な人々がおり、異なる立場の間に橋を架けようとしていたという。Apollo Magazine(2016年)は、美術週間が1993年に始まり、今では毎年恒例の行事になっていると書いている。

いくらかかったか

美術館の増築費用については、複数の出典に金額がある。 Apollo Magazine(2016年)によれば、ゲスタ・セルラキウス美術財団は2011年、旧邸宅の増築に1,950万ユーロを投じることを決めた。MTV Uutiset(2014年6月12日)は、この工事で完成した新館「ゲスタ・パビリオン」をほぼ2000万ユーロの美術館と報じており、金額はおおむね一致する。同記事によれば、この新館は土曜日に開館し、その翌日の日曜日に美術週間が開幕した。

財団の年間の美術品取得予算にも数字がある。 Apollo Magazineによれば、財団の年間取得予算は43万6,000ユーロで、これはフィンランド国立美術館群の取得予算のおよそ3分の1にあたるという。

美術週間そのものの年間予算や、市が拠出している金額の詳細を示す出典は今回の範囲にない。 Kuvasto(2025年)によれば、ミュッタ゠ヴィルップラ市は美術週間を財政的に支援しているが、具体的な金額は同記事に書かれていない。

真似するなら最低何が必要か

出典から取り出せるのは5つである。

1. 不況や工場閉鎖を、対話の橋渡しの機会として使う地域の人材がいること。 Kuvasto(2025年)によれば、セルロース工場が止まった1990年代の不況期に、地元には新しい発想に開かれ、異なる立場の間に橋を架けようとする創造的な人々がいたという
2. 既存の産業遺産・文化資産を美術館や会場に転用すること。 Apollo Magazine(2016年)によれば、旧工場「ペキロ」が美術週間の会場として使われ、製紙業で財を成したセルラキウス一族が支援した美術品収集が、後のセルラキウス美術館の土台になった
3. 自治体が財政支援に加え、助言・広報・ネットワーク構築で継続的に協力すること。 Kuvasto(2025年)によれば、ミュッタ゠ヴィルップラ市は美術週間を財政的に支援するだけでなく、助言や情報共有、ネットワーク構築、マーケティング・広報でも協力している
4. 文化職の求人を、実際に他地域からの移住者で埋めること。 Maaseudun Tulevaisuus(2017年)によれば、13年間セイナヨキ応用科学大学で教え、その後5年間専業作家として活動していたアルト・ユーラッコ氏(55)が、この春ミュッタ゠ヴィルップラの文化局長(同市の市民大学の学長も兼ねる)に応募して選ばれ、隣県のアラヴスから移り住んだ
5. 展示を夏季だけでなく通年に広げること。 MTV Uutiset(2014年)によれば、セルラキウス美術館は増築を機に「Nyt Mänttä ei ole enää kiinnostava taidekaupunkina vain kesäisin」(もはやミュッタは夏だけ面白い芸術都市ではない)状態を目指しているという

確認できないのは、美術週間の年間運営費、市が拠出している金額の内訳、これまでに何人が文化・美術の仕事のために移り住んだかを数えた集計である。

今どうなっているか

2025年3月時点で確認できた最も新しい記録は、Kuvastoの記事である。 同記事によれば、ミュッタ美術週間は今年で29回目を数える。事務局長ヴィルカヤルヴィ氏は、美術週間だけでなくセルラキウス美術館や音楽祭、地元のアンダーグラウンドな活動も含め、地域の文化の層が厚みを増していると述べており、同記事は、芸術家たちもこの地に移り住んできたと伝えている。同氏はまた、芸術は地域の呼び込み要因であるだけでなく定着要因でもあり、人々を根づかせ地域にとどめると述べている。

移住の個別の事例としては、Maaseudun Tulevaisuus(2017年)が伝えるアルト・ユーラッコ氏がある。 同氏は文化局長として着任後、「täällä ei tarvitse juurikaan perustella, mitä hyötyä on taiteesta」(ここでは芸術の効用をほとんど説明する必要がない)と地域の空気を語っている。同記事によれば、着任は同氏の妻にとっても転職の機会になり、夫妻はミュッタ゠ヴィルップラの中心部で書店を引き継いだという。

市の人口については、ミュッタ゠ヴィルップラ市公式サイト(2025年11月26日更新の版で確認)が9,270人としている。 Maaseudun Tulevaisuus(2017年)によれば、湖水地方(Järvi-Suomi)の境にあるこの工業の町は、2000年代に入ってから意識的に「芸術都市」としての評判を築いてきたという。

否定的な報道は、今回探した範囲では見つからなかった。 ただし、本レコードの出典4本のうち、文化・美術関係の移住者数や定住率を定量的に測った第三者調査は含まれていない。移住の裏付けは、実名が確認できるユーラッコ氏という一事例(Maaseudun Tulevaisuus, 2017年)と、ヴィルカヤルヴィ氏による一般的な言明(Kuvasto, 2025年)にとどまる。

出典

  1. Mänttä kertaheitolla taidekaupungiksi - lähes 20 miljoonan taidemuseo aukeaa | MTV Uutiset — MTV Uutiset(2014-06-12)
  2. Factories, fine art and starry skies in rural Finland - Apollo Magazine — Apollo Magazine(2016-05-25)
  3. Taidekaupungin kulttuurijohtaja saa metsästä voimaa työhön ja kirjoittamiseen – "Sehän on helvetillistä hommaa" - Lukemisto - Maaseudun Tulevaisuus — Maaseudun Tulevaisuus(2017-06-29)
  4. Mäntän kuvataideviikkojen johtaja Sampsa Virkajärvi: ”Mäntässä on ymmärretty, mikä vetovoimatekijä taide paikkakunnalla on” – Kuvasto — Kuvasto(visuaalisen alan taiteilijoiden tekijänoikeusjärjestö ry)(2025-03-18)

最終確認日 2026-09-02

この記述は間違っていますか。受け取ってから2週間以内に、直すか直さないかを返します。

この記述について訂正を申し立てる

絞り込みや地図から探す(対話版)