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住民が決める農林水産・食5万人未満

土地と収入をぜんぶ分け合う組合をつくり、毎朝の会議で仕事を割り振った。増えすぎた客は自分たちで半分に減らした

司馬庫斯

台湾 / 新竹県 / 尖石郷玉峰村(司馬庫斯)

土地と収入をぜんぶ分け合う組合をつくり、毎朝の会議で仕事を割り振った。増えすぎた客は自分たちで半分に減らした
© 天下雑誌/王建棟撮影 — この写真が載っている記事

2004年に発足した仕組みは2023年時点で20年目を迎え、参加世帯の給料は月1万台湾元から3万台湾元に上がったと報じられている。

何をしたか

新竹県尖石郷の山奥にあるタイヤル族の集落、司馬庫斯(スマングス)。付近の巨木群が知られて観光客が押し寄せると、世帯間で収益をめぐる対立が生じ、部落が分裂しかねない状態になった。当時の頭目が結束を呼びかけ、2004年に土地・仕事・収入をすべて分け合う仕組みを設立した。参加は任意で、毎朝の会議で仕事を割り振り、部落会議で意思を決める。2015年には旅行会社の団体客受け入れをやめ、来訪者数を自分たちで半分に減らした。

誰が始めたか

1991年時点で司馬庫斯に残っていた世帯はわずか9世帯だった(Sustainability誌2018年の論文)。1993年に付近の巨木群の存在を部落が対外的に公表すると観光客が押し寄せ、世帯間で収益の分配をめぐる対立が絶えなくなり、部落が分裂しかねない状態になった(苦労網2009年)。

当時の頭目、倚岕.蘇隆(Icyeh Sulung)が部落の結束を呼びかけ、長老教会の牧師たちの仲介や、部落を訪れた研究者らの助言も受けながら年月をかけて話し合い、2004年に土地・仕事・収入を分け合う仕組みを設立した(苦労網2009年、Sustainability誌2018年)。対外名称を苦労網(2009年)は「司馬庫斯部落勞動合作社」、天下雑誌(2023年)は「司馬庫斯部落發展協會」と伝えている。

倚岕氏は当時いちばん繁盛していた自分の民宿を組合の出資金として提供し、他の世帯も手持ちの土地の使用権を出資分に換算した(天下雑誌2023年、静宜大学台湾文学系副教授・黄国超氏の説明として)。当時8世帯のうち加わらなかったのは1世帯だけだったという(天下雑誌2023年)。

2023年時点の頭目は馬賽.蘇隆、部落発展協会総幹事は前頭目の息子である拉互依.倚岕(天下雑誌2023年)。

いくらかかったか

組合の設立にかかった総額を示す出典はない。2004年の発足時、倚岕氏が自分の民宿を出資金として提供し、他の世帯も土地の使用権を出資分(株)に換算した、という形で始まったと天下雑誌(2023年)は伝えている。

運営が軌道に乗ったあとの数字はいくつか出典に出ている。2009年時点、働く成人の月給は1万台湾元(女性はやや多い)で、教育費・医療費は全額、婚礼や葬儀、家屋の建築も基金が支えるという(苦労網2009年)。台風で道が寸断され1〜2か月旅客が来なくても、基金で最低限の生活を保てるとも書かれている(同)。

天下雑誌(2023年)によれば、共営が始まってからの最初の7年間は月1万台湾元だったが、2021年からは月3万台湾元、年末に20万台湾元の賞与が出るようになった。子どもの学費や、外で学ぶ場合の寮費・医療費も部落の基金が負担するという。

2018年の論文は、観光客数を半分に減らす前の年収について「非公式の推定で2,000万〜4,000万台湾元(約65万〜130万米ドル)」と紹介し、論文執筆時点(2018年)の年収も「2,000万台湾元超」としている。人口約150人の集落としては大きな額だとし、比較として台湾の2017年の1人あたりGDP(米ドル24,318)を挙げている。

真似するなら最低何が必要か

合意形成の仕組みそのものが核である。全員が会員かつ従業員という位置づけで、毎朝の朝礼、隔週の幹部会議、四半期ごとの検討会、年次総会に加え、必要があれば部落会議を随時開く(天下雑誌2023年)。仕事量にかかわらず給料は原則同額とし、年齢に応じた仕事を割り振り、怠けを防ぐための仕組みも別に作った(苦労網2009年)。

土地は名義を変えずに出資分(株)へ換算し、部落公約で「部落の土地は非部落民に売却・賃貸・譲渡しない。非部落民との共同投資での土地経営も禁じる」と定めた。違反した場合は、その世帯の車や水道管、電柱を他の住民の土地に通させないという罰則もある(天下雑誌2023年)。

合意形成には仲介役が要った。司馬庫斯では長老教会の牧師が話し合いの橋渡しを担い、外部の研究者の助言も加わった。2018年の論文によれば、共同経営の仕組みが最初に提案された際には、台湾基督長老教会の関係者の一人が住民をイスラエルのキブツ視察に連れて行っており、これが仕組みへの信頼を強めたという。

ただし同じ論文は「この事例から得た教訓を一律に応用・再現することはできない」と明記している。同じ制度を学ぼうと視察に来た台湾の他の部落は多いが、「そのほとんどが合意形成の過程でつまずいている」とも書かれている。論文はこの仕組みを、直接民主制に近く「小規模な地域社会」にしか向かないものだと位置づけている。

もう一つの必須条件は、増収の誘惑に耐える判断だった。観光客が増え続けても、2015年に旅行会社の団体客受け入れをやめ、来訪者数を自分たちで1日450人前後から200人程度へと半分に減らしている。当時この方針転換を主導した部落発展協会の元総幹事は、宿泊料を1泊最高2,000台湾元から小木屋5,000台湾元に上げる投資回収計画を練ったが、旅行会社頼みに慣れていた住民の一部は会議で机を叩いて席を立つほど反発したと天下雑誌(2023年)は伝えている。長い説得を経て、最初の小木屋の建設に住民の同意が得られたという。

今どうなっているか

2023年6月時点で、共営は20年目を迎えていた。天下雑誌によれば、2021年からの給料引き上げ(月3万台湾元+年末賞与20万台湾元)を機に若い世代が部落に戻り、子どもの数も増えている。新光小学校司馬庫斯分校は教員7人・児童19人(2023年6月時点)、幼稚園児も28人いるという。前年には、共営に加わらず協会と10年争っていた世帯も、牧師と頭目の働きかけで部落公約に署名したと同誌は伝えている。

2021年には新型コロナウイルス対策で3か月にわたり道が封鎖され無収入になったが、基金の蓄えで乗り切ったと天下雑誌は伝えている。

2018年の論文は、Tnunanの構成員ではない一家が別の部落の領域で違法伐採をした事件(2012年)を記録しており、部落の頭目が相手の部落を訪れ、伝統的な和解の儀式(血の犠牲)を行って収拾を図ったとしている。

苦労網(2009年)の記事には、共営制度への批判を書き込んだ読者コメントが複数付いているが、記事本体(報道)ではなく匿名の投稿であり、出典として扱っていない。今回参照した3本の出典の範囲では、共営の仕組みそのものを批判する独立した報道は見つからなかった。

出典

  1. 人人加薪、放心生養,司馬庫斯共營20年奇蹟:年輕人都回來了! — 天下雑誌(天下雜誌)(2023-06-13)
  2. 司馬庫斯勞動合作社 部落自治的具體實踐 — 苦労網(苦勞網)(2009-09-15)
  3. An Application of Sustainable Development in Indigenous People’s Revival: The History of an Indigenous Tribe’s Struggle in Taiwan — Sustainability(MDPI)(2018-09-12)

最終確認日 2026-08-30

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